がんを早期に見つける――それは医療の永遠の課題であり、患者の人生を左右する分かれ道でもあります。発見が早ければ早いほど、治療は選択肢を増やし、回復への道筋も明るくなります。しかし、その「早期発見」を現実にするには、患者に優しく、なおかつ正確で安全な検査方法が必要です。
その理想に限りなく近づこうとする技術が、近年注目を集めている「DWIBS(ドゥイブス法)」です。開発者であり、放射線医学の第一人者である高原太郎医師(秋田大学客員教授)は、こう語ります。
「がんは“症状が出る前”に見つけなければ意味がありません。DWIBSは、そのために生まれた技術です。痛みもなく、被ばくもない。安心して受けられる、未来型の全身がん検査だと考えています。」
高原 太郎
医学博士・放射線科専門医
秋田大学客員教授
元・東海大学工学部医用生体工学科 教授
全身MRI『ドゥイブス法(DWIBS法)』を考案。世界初の末梢神経描出に成功、医学雑誌『NEJM』に掲載。
慶應義塾大学医学部小児科、獨協医科大学放射線科で研修。聖マリアンナ医科大学放射線科医に。
杏林大学医学部放射線医学教室助手、東海大学医学部基盤診療学系画像診断学講師、オランダ・ユトレヒト大学病院放射線科客員准教授を経て東海大学教授。秋田大学医学部卒業。
【専門領域】放射線科、MRI、拡散強調画像・DWIBS法
【書籍】
2003年 なるほど!!医用3次元画像 : 考え方と処理法の虎の巻
2000年 MRI準備体操 : ポケット版: 上手につきあうための第一歩
1999年 MRI自由自在
など多数
【経歴】
秋田大学医学部卒業後、放射線科の医師としてMRIの教科書(MRI自由自在)を出版。2004年に全身MRI(DWIBS法;ドゥイブス法)を考案したことが注目され、オランダユトレヒト大学に招聘される。原著論文は1000回以上引用されている。超高磁場(7テスラ)MRIの正規スタッフ兼客員准教授として4年間勤務。2009年に世界初の前身末梢神経描出(Whole Body MR-neurography)撮影に成功し、New Eng J Medに掲載された。
2010年に帰国、現職、現在に至る。近年、DWIBS法を用いて「痛くないMRI乳がん検診」(ドゥイブス・サーチ)を考案し、ベンチャー企業を創設している。

見えないがんを「見える化」する技術 ― DWIBSとは何か
DWIBSは「Diffusion-Weighted Whole-Body Imaging with Background Body Signal Suppression」の略で、直訳すれば「背景信号抑制を用いた拡散強調全身画像法」。MRIの一種ですが、通常のMRIとは異なり、がん細胞の“水の動きの異常”をとらえるという、まったく新しい視点で開発されました。
がん細胞は、周囲と比べて水分子の動きが制限されるという特性を持っています。DWIBSでは、この“拡散の制限”を高精度で画像化し、通常の検査では見逃されやすい小さながんや、転移の初期兆候まで捉えることが可能になります。
「従来の画像検査では、“形”や“濃度”で判断していました。しかしDWIBSは、“動き”を見る。これは、がんの本質に迫る全く新しいアプローチなのです。」
この技術が2004年に誕生した当初、日本の医療界ではまだ認知度が高くありませんでした。しかしその革新性は、オランダ・ユトレヒト大学病院の目にとまり、高原医師は招聘されます。そこで技術の精度をさらに高め、世界初の「全身末梢神経のMRI描出」に成功。その功績は、権威ある医学誌『New England Journal of Medicine』にも掲載されました。

なぜDWIBSは「理想のがん検査」と呼ばれるのか
DWIBSが他のがん検査と決定的に違うのは、その「受けやすさ」と「網羅性」にあります。
まず、DWIBSは放射線を一切使いません。CTスキャンやPET-CTがX線や放射性物質を使うのに対し、DWIBSは磁気とラジオ波だけで撮像するため、被ばくの心配がなく、繰り返し検査することが可能です。高リスク群の人が定期的にチェックする際にも、身体への負担がほとんどないのです。
さらに、DWIBSは一度の検査で全身をスキャンできます。頭部、胸部、腹部、骨盤、四肢――あらゆる部位を網羅的に撮像できるため、がんの発生部位を特定せずとも、「今の身体の中で、どこかにがんが潜んでいないか?」を一度に確認できます。
「がんがどこにあるか分からないからこそ、全身を診るという考え方が必要なんです。DWIBSは“予想外”の場所にあるがんも見つけられる可能性があります。」
加えて、DWIBSは痛みや不快感を伴いません。注射も、カメラの挿入も、身体への侵襲もないため、検査を受けるストレスが極めて少なく、30分〜1時間ほどで検査は完了します。終わればすぐに日常生活に戻ることができ、入院の必要もありません。

従来の検査では難しかった「沈黙のがん」にも光を
乳がん、肺がん、肝臓がん、前立腺がん――さまざまながんに対応可能なDWIBSは、とくに「症状が出にくいがん」や「見逃されやすい転移性のがん」に強みを発揮します。
例えば、乳腺が密な日本人女性には、マンモグラフィーが機能しにくいケースがあります。また、PET-CTでは検出が難しい小さながんも、DWIBSなら捉えられる可能性があります。
「私がDWIBSを考案したのは、“見落とされるがん”をなんとかしたかったからです。特に、症状がない人にこそ、DWIBSを届けたい。」
近年、高原医師はこのDWIBS技術を応用した「痛くない乳がん検診」(通称:ドゥイブス・サーチ)を考案。女性特有の身体への負担を減らしつつ、早期乳がんの検出を目指す取り組みを進めています。
検査の流れと受けられないケース
DWIBS検査は事前の食事制限などもなく、検査自体も比較的短時間で終了します。MRIに準じた注意事項はありますが、閉所恐怖症や金属インプラントのある方を除けば、多くの人にとって負担の少ない検査です。
「MRI検査に慣れていない方でも安心して受けられるよう、音楽を流したり、閉所対策を施したりと、医療現場ではさまざまな配慮が行われています。」
医師として、研究者としての使命
DWIBSは日本発の技術でありながら、先に海外で評価され、逆輸入の形で国内でも導入が進んでいます。その背景には、高原医師の「目の前の一人を救いたい」という思いと、「がん早期発見の仕組みを世界に広げたい」という強い情熱があります。
「がんで命を落とす人を減らすために、医師だけでなく、検査の技術者、起業家、啓発者という立場でも行動していきたい。それがDWIBSにかける私の使命です。」
DWIBSを使った検査は、現在一部の先進的なクリニックや医療機関で導入されています。今後、保険適用や公的制度への組み込みが進めば、より多くの人がこの検査を受けられるようになるでしょう。
「何もない今だからこそ、知っておくべき検査」
身体に異変を感じる前に、一歩先に備える。DWIBSは、そんな現代人にこそ必要な「未来志向のがん検査」です。自分の健康を守るために、そして、がんという病気に負けないために、DWIBSという新しい選択肢を知ることから始めてみてはいかがでしょうか。
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